東京地方裁判所 平成8年(行ウ)143号 判決 1999年3月30日
原告
伊村幸次郎
右訴訟代理人弁護士
黒岩哲彦
同
吉村清人
同
村田智子
同
田中隆
被告
西新井税務署長
五十嵐修二
右指定代理人
栗原壯太
外四名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告が平成六年三月一〇日付けで原告に対してした平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間の消費税に関する更正のうち納付すべき税額二九一万六四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち右税額部分に係る部分を取り消す。
二 被告が前同日付けで原告に対してした平成三年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間の消費税に関する更正のうち納付すべき税額二三万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち右税額部分に係る部分を取り消す。
第二 事案の概要
一 事案の概要及び争点
本件は、建設業を営む原告に対する平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「平成二年分」という。)及び平成三年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「平成三年分」といい、平成二年分と併せて、以下「本件係争各年分」という。)の消費税に関して、消費税法(二八条一項、二九条及び三〇条一項、七項については、平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)三〇条七項に規定する帳簿又は請求書等の保存がないとして、被告が原告の仕入れに係る消費税額を控除しないで更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたことから、原告がその各取消しを求めるものであり、争点は、同項に規定する帳簿又は請求書等の保存の有無にある。
二 関係法令の規定
1 法は、国内において事業者(法二条一項四号)が行った資産の譲渡等(同項八号)に消費税を課すこととし(法四条一項)、事業者の国内における課税資産の譲渡等(法二条一項九号)については当該事業者を納税義務者とする(法五条一項)。そして、個人事業者にあっては一月一日から一二月三一日までの期間を課税期間とし(法一九条一項一号)、課税資産の譲渡等の対価の額を課税標準(二八条一項本文)、税率を一〇〇分の三(法二九条)として消費税額が算出されるが、法は、事業者が事業として行う他の者からの資産の譲受け等で当該他の者が事業として当該資産の譲渡等をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当するものを課税仕入れとし(法二条一項一二号)、事業者が国内において行った課税仕入れについては、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額(法四五条一項二号)からその期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に一〇三分の三を乗じて算出した金額をいう。)を控除する旨規定する(法三〇条一項。以下この税額控除を「仕入税額控除」という。)。
2 ただし、法三〇条七項は、災害その他のやむを得ない事情により、所定の帳簿又は請求書等を保存することができなかったことを納税者において証明した場合を除き、事業者が当該課税期間の課税仕入れの税額の控除に係る帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は請求書等(以下「法定請求書等」といい、法定帳簿又は法定請求書等を「法定帳簿等」という。)の保存がない課税仕入れに係る消費税については、同条一項の規定を適用しない旨を規定する。
そして、法定帳簿とは、イ 課税仕入れの相手方の氏名又は名称、ロ 課税仕入れを行った年月日、ハ 課税仕入れに係る資産又は役務の内容、ニ仕入税額控除をしようとする課税仕入れに係る支払対価の額が記載されているものでなければならず(法三〇条八項一号)、法定請求書等は、課税仕入れの相手である事業者が納税義務者たる事業者に交付する請求書、納品書その他これらに類する書類で、イ 当該書類の作成者の氏名又は名称、ロ 課税資産の譲渡等を行った年月日、ハ 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容、ニ 課税資産の譲渡等の対価の額、ホ 書類の交付を受ける納税義務者たる事業者の氏名又は名称の記載されているものでなければならない(法三〇条九項一号)。
また、平成七年政令第三四一号による改正前の消費税法施行令(以下「令」という。)五〇条一項は、法三〇条一〇項の委任に基づいて、同条一項の規定の適用を受けようとする事業者について、法定帳簿等を整理し、法定帳簿についてはその閉鎖の日、法定請求書等についてはその受領した日の属する各課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定する。
3 なお、いわゆる免税事業者(法九条一項本文)以外の事業者は、帳簿を備え付けて、これにその行った資産の譲渡等又は課税仕入れに関する事項を記録し、かつ、当該帳簿を保存しなければならないものとされ(法五八条)、令七一条二項は、右帳簿の保存期間につき令五〇条一項と同旨の規定を置いている。
4 申告納税方式による国税についても税務署長は税額等の調査を行うことができ、更正を行うときには、調査によるべきものであり(国税通則法一六条一項一号、二四条参照)、消費税に関する調査について必要があるときは、税務署の職員は、納税義務者等に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査する等の調査をすることができ(法六二条一、二項)、右職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又は右検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者あるいは右検査に関し偽りの記録をした帳簿書類を提示した者は一〇万円以下の罰金に処するものとされ(法六八条)、また、消費税の調査に関する事務に従事している者又は従事していた者が、その事務に関して知ることのできた秘密を漏らし、又は盗用したときは、これを二年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処するものとされている(法六九条)。
三 争いのない事実等
1 課税に至る経過
(一) 原告の平成二年分ないし平成四年分の所得税及び消費税の各確定申告書の内容について、被告から調査を命じられた西新井税務署所部係官であった最上光明調査官(以下「最上調査官」という。)は、原告と打ち合わせた平成五年八月二七日に、原告宅に臨場したところ、東京土建労働組合足立支部の書記局員であった菅原幹夫(以下「菅原」という。)が原告の依頼により同席していたため、菅原の退席を求めたが、原告も菅原も立会いの正当性を主張してこれに応ぜず、最上調査官は当日の原告宅での調査をしないこととし、税務署において検討するために帳簿書類の借受けを求めたところ、原告は、「今日は駄目だが後日貸す。」と応答したため、最上調査官は原告方を辞去した。
(二) 最上調査官は、平成五年九月一日、原告宅に再度臨場したが、前回と同様、菅原が同席し、退席しようとしなかったため、税務署において検討するために帳簿書類の借受けを求めたところ、原告は、税理士に関与を委任したので、原告の判断のみでは応じられない旨の応答をしたため、最上調査官は原告方を辞去した。
(三) 平成五年九月八日、税理士田中政明(以下「田中税理士」という。)から原告の平成二年分ないし平成四年分の所得税調査への関与を受任した旨の委任状が最上調査官あてに郵送され、最上調査官は、田中税理士との打合せどおり、同月二二日、原告宅に臨場したが、田中税理士及び菅原が同席していたため、調査に当たり菅原の退席を求めたところ、田中税理士は菅原を田中税理士の補助者であるから同席が認められるべきであると応答して、右求めに応じなかったため、最上調査官が税務署において検討するために帳簿書類の借受けを求めたところ、原告は、その判断を田中税理士に任せ、田中税理士は帳簿書類の貸出しを拒絶したため、最上調査官は原告方を辞去した。
(四) 最上調査官は、田中税理士と打合せの上、平成五年一一月二五日、原告宅に臨場したところ、その後に到着した田中税理士及び菅原は、従前と同様の理由から、菅原の退席を拒否し、菅原の立会いの下での調査を求め、冊子に編綴された数冊の書類を机上に提出した。しかし、最上調査官は、右書類をパラパラとめくっただけで、菅原の立会いの下での調査をしないとの立場から、右書類に基づく調査をすることなく、原告方を辞去した。
(五) 最上調査官は、平成六年二月二八日、原告に電話し、反面調査等により把握した結果によれば、確定申告に係る売上げに計上漏れがあること、帳簿書類の提示がないため仕入税額控除の適用がないことを連絡し、田中税理士にも、同様の説明をし、同年三月一〇日付けで、平成二年分ないし平成四年分の原告の所得税に関する各更正等に加えて、原告の平成二年分及び平成三年分の消費税に関する各更正及び各過少申告加算税賦課決定(以下これらを「本件各処分」という。)をした。
2 本件各処分後の経緯及び被告の主張する本件各処分の根拠
(一) 原告の平成二年分及び平成三年分の消費税に関する各課税経過の概要は、別表一及び二の各該当欄記載のとおりであり、原告は、審査裁決に係る裁決書の謄本を平成八年四月一七日ころに受領し、同年七月一五日、本件訴えを提起した。
(二) 本件各処分の内容及び被告の主張する根拠は、次のとおりである。
なお、原告の主張する課税根拠事実は、別表三のとおりであり、平成二年分及び平成三年分の消費税について、少なくとも被告の主張する課税標準額が存したこと及び仕入税額控除の対象となる税額の有無以外の計算方法については、当事者間に争いがない。
(1) 平成二年分について
イ 課税標準額
一億四六四七万四〇〇〇円
原告の平成二年分の総収入金額一億五〇八六万八二六七円に一〇三分の一〇〇を乗じた金額である(法二八条一項、国税通則法一一八条一項)。
ロ 課税標準額に対する消費税額
四三九万四二二〇円
右イ記載の課税標準額に一〇〇分の三を乗じて算定した金額である(法二九条)。
ハ 仕入税額控除の対象となる額
〇円
本件において、原告は被告の調査に対して平成二年分に係る法定帳簿等を提示せず、被告は原告が法定帳簿等の保存をしていることを確認し得なかったものであり、かつ、災害その他のやむを得ない事情により、法定帳簿等を保存することができなかったことを原告において証明した場合にも該当しないから、法三〇条七項により、仕入税額控除はできない。
ニ 納付すべき税額
四三九万四二〇〇円
右ロの金額につき、国税通則法一一九条一項により、一〇〇円未満を切り捨てたものである。
ホ 過少申告加算税額
五九万四五〇〇円
平成二年分の消費税に関する更正により納付すべきこととなった税額につき、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づき算出した金額である。
(2) 平成三年分について
イ 課税標準額
二億〇八〇五万三〇〇〇円
原告の平成三年分の総収入金額二億一四二九万五六一二円に一〇三分の一〇〇を乗じた金額である(法二八条一項、国税通則法一一八条一項)。
ロ 課税標準額に対する消費税額
六二四万一五九〇円
右イ記載の課税標準額に一〇〇分の三を乗じて算定した金額である(法二九条)。
ハ 仕入税額控除の対象となる額
〇円
前記(1)ハと同様の理由により、仕入税額控除はできない。
ニ 納付すべき税額
六二四万一五〇〇円
右ロの金額につき、国税通則法一一九条一項により、一〇〇円未満を切り捨てたものである。
ホ 過少申告加算税額
九一万一〇〇〇円
平成三年分の消費税に関する更正により納付すべきこととなった税額につき、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づき算出した金額である。
第三 争点に関する当事者の主張
一 被告
1 仕入税額控除においては、課税仕入れに係る消費税が存在する場合であっても、法三〇条七項により、法定帳簿等を保存していない限り、これを控除することができないとされているのであり、仕入税額控除をするためには、①課税仕入れに係る消費税が真実存在すること及び②課税仕入れに係る法定帳簿等を納税者が保存していることの双方の要件が必要となる。
そして、右②の要件である法定帳簿等の保存の趣旨は、税務職員が、税務調査に際して、納税者から仕入税額控除に係る消費税額に関する申告の正確性を確認することができるようにするところにあるから、法定帳簿等の保存は、右①の立証方法であることに止まらず、それ自体が仕入税額控除の独立の要件となっているものであり、ここでの保存とは、帳簿等を物理的に保管することに止まらず、税務職員が、税務調査において、納税者の保存している法定帳簿等を検査し、申告の正確性を確認することができるようにするため、税務職員に法定帳簿等を保存していることを明らかにし、これを提示することを意味するのであって、法定帳簿等の全部又は一部の提示を拒否し、あるいは法定帳簿等を調査し得る状況下に置かないなど調査に協力しない場合は、いずれも法定帳簿等の保存がない場合に当たることになる。
また、法三〇条七項の文理及び右にみた同項の趣旨によれば、右二要件の証明は仕入税額控除の判断権者たる税務署長に対してすべきものであるから、法三〇条七項に規定する法定帳簿等の保存も、税務署長の行う仕入税額控除の判断のための保存であるということになり、税額の確定手続においては、税務署長による仕入税額控除の判断(課税処分)の段階での保存が求められているのであって、不服申立手続における立証で対応すべき要件ではないから、税務調査に対して帳簿等の提示を拒否して、処分後の不服申立手続又は訴訟手続において法定帳簿等を提出しても、法定帳簿等の保存の要件が充足されるものではない。
2 税務調査に際しての立会いは、税理士業務のうちの税務代理(税理士法二条一項一号)に該当するものであり、税理士以外の者がこれをすることはできない(税理士法五二条)。また、税理士の使用人その他の従業員(税理士法四一条の二)は、税理士と同様に守秘義務が課されている上(税理士法五四条)、税理士の指導、監督の下に税理士を補助するものであり、その行為の責任は税理士に帰せられるから、これらの者が税務調査に立ち会うことは税理士法五二条に違反するものではないとしても、菅原は右にいう税理士の使用人その他の従業員に該当しないから、税務調査について守秘義務を負う最上調査官が原告方に臨場して調査するに当たり税理士以外のいかなる者の立会いを許すかどうかは、最上調査官の裁量の範囲内の行為である。
また、最上調査官は、前記事実関係に加えて、平成五年八月二七日の原告方への臨場時以降、直接、又は、電話連絡において、仕入税額控除のためには帳簿等の提示が必要であることを説明しているのである。
したがって、最上調査官が、原告の税務調査に当たり、菅原の退席を求めた措置はその裁量の範囲内の行為として違法ではないのに、原告は、菅原の同席に固執し、菅原の立会いの下に五、六冊の冊子様の資料を机上に提出したにすぎないのであるから、これをもって法定帳簿等の保存ということはできない。
3 また、本件訴訟に至って、原告は請求書等を証拠として提出するが、これをもって仕入税額控除の要件としての法定帳簿等の保存ということはできない。
二 原告
1 税制改革法一〇条二項は、消費税の経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるものとし、これを受けて、法三〇条一項の仕入税額控除が規定されたのであり、租税法律主義の観点に照らしても、課税の累積を排除することを目的とする仕入税額控除の例外を規定する同条七項の解釈は厳格でなければならない。
法三〇条七項は「帳簿又は請求書等」の保存を求めるものであり、「保存」とは「もとの状態を保って失わないこと」であって「保存していることを明らかにすること」あるいは「提示すること」ではない。そして、法六二条四項及び六八条二項に規定する「提示」の用例から明らかなように、法は「保存」と「提示」とを用語上も区別している。
また、法三〇条七項は、法定帳簿又は法定請求書等の保存を規定するのであるから、仕入税額控除を求める納税義務者において立証すべきことは、処分時における法定請求書等の「保存」で足りるのであり、処分時に税務調査に協力しなかったとしても、税務調査に始まり、不服申立ての諸段階のいかなる段階であろうとも「保存」を立証すれば、法定帳簿又は法定請求書等の保存の要件を充足するものというべきである。
2 税理士は、独立した公正な立場において(税理士法一条)、憲法及び税法の枠の中で依頼者である納税者に認められた正当な法的権利の擁護を通じて、納税者の義務の履行に協力する職責を担っているものであり、税務代理業務(税理士法二条一項一号)は税務調査への立会いを含むものである。原告から調査立会いを依頼された田中税理士がその業務を遂行するためには、現実に記帳集計、財務書類の作成に関与した者の立会いが不可欠であり、菅原は、原告の依頼により原告の事業収支に関する記帳、集計、整理を行っていた者であったから、田中税理士の補助者たる菅原の立会いは不可欠であった。したがって、右両名の立会いがあっても、最上調査官が調査をするに支障はない。
また、前記事実関係に加えて、平成五年八月二七日以降の最上調査官の原告宅への臨場に際しては、原告は、平成二年分から平成四年分までの所得計算書及び必要経費に係る請求書等を提示できるよう準備していたのであるから、菅原の退席を調査の条件とする最上調査官の措置は質問調査権の合理的裁量に違反し、最上調査官の行為は、原告から法定請求書等の提示があったのに、菅原の立会いを理由として、その取調べを拒否したものにすぎない。
3 原告は、本件において、本件係争各年分の課税仕入れに関する証拠(各枝番号を含む甲第五ないし第六〇号証、甲第六五ないし第一四三号証)を提出しているが、本件各処分当時において、課税仕入関係証拠中の請求書、領収証を保存していたものであり、また、「保存」が「適法な提示要請に応じて提示することができる状態での保存」をいうとしても、原告は、右の請求書及び領収証を最上調査官からの適法な提示要請に応じて提示することができる状態で保存していたものである。
第四 当裁判所の判断
一 仕入税額控除の趣旨及び法定帳簿等の保存の意義について
1 消費税は、法六条により非課税とされるものを除き、国内において事業者が行った資産の譲渡等(事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいう。法二条一項八号)に対して、広く課税される(法四条一項)ことから、取引の各段階で課税されて税負担が累積することを防止するため、納税義務を負担する事業者が納付すべき消費税額から前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたのが仕入税額控除の制度である。
そして、仕入税額控除の制度を適正に運用するためには、大量反復性を有する消費税の申告及びこれに基づく税額確定手続において、迅速かつ正確に、課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る消費税額を把握することが必要となるが、いわゆるインボイスの交換を常態としていないわが国の取引の実情の下においては、取引に係る帳簿及び請求書等をその資料とすることが合理的であると解された。そこで、法三〇条八項及び九項は、この趣旨に沿って法定帳簿等の記載事項を法定し、同条七項は、当該課税期間の課税仕入れに係る法定帳簿等を保存しない場合には、同条一項による仕入税額控除の規定を適用しないものとしたものであるが、この法定帳簿等の保存については、法の委任を受けた令五〇条一項が保存年限を税務当局において課税権限を行使することができる最長期限である七年間とし、保存場所を納税地等に限定し、その整理を要求している。このことからすれば、法及び令は、主として課税仕入れに係る消費税の調査、確認を行うための資料として法定帳簿又は法定請求書等の保存を義務付け、その保存を欠く課税仕入れに係る消費税額については、仕入税額控除の対象としないこととしたものと解される。
右に説示した法の趣旨に照らせば、法三〇条七項に規定する法定帳簿等とは、仕入税額控除の対象となる課税仕入れについて、その真実性を確認することができるものでなければならず、確認可能な真実を記載していない取引については法定帳簿等がないものとして仕入税額控除は否定されることになるし、また、同項に規定する保存とは、法定帳簿等が存在し、納税者においてこれを所持しているということだけではなく、法及び令の規定する期間を通じて、定められた場所において、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査に応じて、その内容を確認することができるように提示できる状態、態様で保存を継続していることを意味するものというべきである。
なお、この点につき、原告は、仕入税額控除の趣旨が一般消費税の多段階累積排除という性格そのものに根ざすことから、仕入税額控除の要件を拡張的に解釈運用することは、消費税制度そのものを否定することになるとして、「もとの状態を保って失わない」という保存本来の意義を超えて、「保存していることを明らかにすること」あるいは「提示すること」を意味するものではない旨の主張をする。しかし、インボイス方式を採用することができなかったわが国の取引の実情に照らして、課税仕入れの存否及び課税仕入れに係る消費税額を確認するために、法定帳簿等の保存が義務付けられたことは原告も前提とするところであり、課税仕入れの存否及び課税仕入れに係る消費税額を確認すべき第一次的責任が課税庁にあることも明らかであるから、原告の主張する多段階累積排除を適正に実現するためにも、法定帳簿等の「保存」とは、適法な調査に応じて課税仕入れの存否及び課税仕入れに係る消費税額を確認できるように提示し得る状態、態様での保存を意味するものというべきである。
2 ところで、法三〇条七項の文理に従えば、法定帳簿等を「保存しない場合」が同条一項に規定する仕入税額控除の消極要件とされているところ、この法定帳簿等を保存しない事実は、課税処分の段階に限られず、不服審査又は訴訟の段階においても、主張、立証することが許されるものと解される。
すなわち、訴訟法的に考察する場合には、消費税に係る更正又は決定の取消しを求める訴訟において、被告は、処分の適法性を基礎付ける消費税の発生根拠事実として、原告である事業者が当該課税期間において国内で行った課税資産の譲渡等により対価を得た事実を主張、立証すべきであり(法四条、五条、二八条)、これに対して、仕入税額控除を主張する原告は、仕入税額控除の積極要件として、当該課税期間中に国内で行った課税仕入れの存在及びこれに対する消費税の発生の各事実を主張、立証すべきこととなり(法三〇条一項)、さらに、仕入税額控除の消極要件である法定帳簿等を「保存しない場合」に該当することは、被告において主張、立証すべく、これに対して、保存できなかったことにやむを得ない事情が存する事実を原告が主張、立証すべきものと考えられるのである。
なお、租税関係法令を含め行政法規は行政手続を念頭において規定される結果、訴訟上の要件事実の分類を意識した表現が用いられていない場合もあるものと解されるが、法三〇条七項は、法定帳簿等を「保存しない場合」に仕入税額控除をしない旨を規定し、「保存する場合に限り」仕入税額控除をする旨を規定するものではなく、税額控除について規定する所得税法九五条四項又は法人税法六九条七項の「書類の添付がある場合に限り」との文言と対比しても、これを単なる表現上の差異と解することはできず、さらに、法三〇条七項ただし書に規定する保存することができなかったことについての「災害その他やむを得ない事情」を税務署長に対して立証したときは、同項本文に規定された仕入税額控除の消極要件の効果が覆滅され、その積極要件(法三〇条一項)の立証により仕入税額控除が肯定される構造となっているところ、右「やむを得ない事情」を立証すべき者は納税者とされており、この立証責任を訴訟において転換する理由もないと考えられるから、その前提となる「法定帳簿等を保存しない」事実の立証は課税庁にあると解されるのであって、訴訟における攻撃防御方法としても、この立証責任を別異に解すべき理由はない。したがって、法定帳簿等の保存がないとの事実、すなわち、法定帳簿等が作成されてから法定の保存期間が経過するまでの間、当該帳簿等を適法な調査に応じて提示し得る状態で保存していなかったことを訴訟上の攻撃防御方法として主張することができないと解すべき理由はない。
もっとも、保存の意義を既に説示したように解するときは、被告は、処分の適法性との関係では、法定帳簿等の保存期間のうち課税処分時までのある時点で、適法な調査に応じて提示できる状態、態様での保存がなかった事実を主張、立証すれば足りることになり、通常は、課税処分のための調査又は当該課税処分の時に法定帳簿等の提示がなかった事実を主張、立証すれば、右の意義での「保存」がなかった事実を推認することができることとなる。
この点につき、原告は、処分時における保存を不服審査及び訴訟のいずれの段階においても主張、立証することができるとするが、主張、立証の対象は「保存した」事実ではなく、「保存しない」事実であり、その意義は既に説示したとおりである。また、被告は、保存に関する攻撃防御方法の提出を主張の後出しと捉え、保存の事実は処分時までに存することを要し、不服審査及び訴訟の段階で「保存」を主張することを不当とするが、被告において「保存しない」事実を主張、立証すべきものである以上、保存に関する原告の立証は、処分時までの適法な調査において提示が可能な状態、態様での保存がなかった旨の被告立証に対する反証にすぎないのである。しかも、課税庁において、確定申告書に課税仕入れとして記載された取引がその性質上課税仕入れに該当しないと判断し、法定帳簿等の確認・調査をするまでもなく仕入税額控除を否定した場合に、当該課税処分の適否をめぐる訴訟の段階において、右取引が課税仕入れに該当すると判断するに至った場合を想定してみれば、かかる場合に、課税庁において法定帳簿等の保存がないとの事実を主張、立証することを禁ずる理由もない。したがって、被告の主張が「保存」の事実を訴訟上の攻撃防御方法となし得ないとの趣旨であれば、これを採用することはできない。
二 本件における仕入税額控除の可否
1 仕入税額控除に関する右に説示した攻撃防御方法の構造に従えば、まず、積極要件としての、課税仕入れの存在及びこれに対する消費税の発生の各事実の有無を検討することが考えられ、本件において、原告は、右各事実を証するものとして各枝番号を含む甲第五ないし第六〇号証、甲第六五ないし第一四三号証を提出しているが、本件での実質的争点は、消極要件としての法定帳簿等の「保存がない場合」に該当するか否かにあるので、便宜、この点を先に判断することとする。
2 前記争いのない事実及び証拠(甲第一四六、第一四七号証、乙第八号証、証人最上光明、同菅原、同田中政明。ただし、証人菅原の証言のうち後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、頭書肩書住所地の自宅の一部を事業所として、「伊村工務店」の屋号で建築工事業を営む者であり、営業上の収支は事務員の野本が記帳していた。
(二) 最上調査官は、平成五年七月二八日午後二時三〇分ころ、原告の平成二年分ないし平成四年分の所得税及び消費税の調査のため、原告方へ臨場したが、原告が不在であったため、同年八月三日に臨場する旨記載した不在票を郵便受けに投函して辞去した。
(三) 原告は、右不在票を見て、東京土建一般労働組合足立支部の税金対策部の書記であった菅原に連絡し、菅原は、最上調査官の調査に立ち会うこととして、平成五年八月三日の調査期日の変更を連絡するよう指示した。そこで、同月二日午前九時ころ、原告から同月三日は都合が悪い旨の電話を受けた最上調査官は、同月二〇日午前一〇時ころ調査のため原告宅に臨場する旨告げた。しかし、同月五日午前一一時五五分ころ、原告方事務員と称する者から最上調査官に対して、同月二〇日に原告の仕事が入ったので、調査日を同月二六日か二七日に延期して欲しい旨の電話があり、最上調査官が、同月一九日午前一一時ころ、原告方に電話したところ、原告が不在であったので、最上調査官は、原告方事務員に対して、同月二七日午前一〇時ころ原告方を訪れる旨伝言を依頼した。
(四) 最上調査官は、平成五年八月二七日午前九時五〇分ころ、原告宅に臨場したところ、原告の外に菅原が同席しており、菅原から、東京土建一般労働組合足立支部の書記である旨の確認を得た。そこで、最上調査官は、原告に対して、平成二年分から平成四年分までの原告の所得税及び消費税の調査に来た旨を告げ、調査に関係ない者の同席は認められないので、菅原を退席させた上で調査に応ずるよう要請したが、原告は、「昔からの知合いだから居てもらってもいいだろう。」、「記帳補助者であり、申告してもらっているから、居てくれないと困る。」等述べ退席を拒否し、菅原も「黙っているからいいだろう。」と発言して退席しなかった。
最上調査官は、仕入税額控除について説明し、帳簿等の提示がなければ仕入税額控除の適用がない場合がある旨を告げ、菅原を退席させた上で帳簿書類を提示して調査に協力するよう要請したが、原告は「この場で見ていけばいいでしょう。」と繰り返すだけで、菅原を退席させなかった。
最上調査官は、調査の進展が図れないと判断して、原告に対して帳簿等を借り受けたい旨申し出たところ、原告は「今日は駄目だが後日貸す。」と右申し出を承諾したので、正午前までに原告方を辞去した。
なお、甲第一四六号証及び菅原の証言中には、当日、所得計算簿及び領収証、請求書綴りを準備しており、所得計算簿を机上に置いていた旨及び所得計算簿とは甲第六一ないし第六四号証である旨の部分が存する。しかし、原告提出に係る平成八年一二月一一日付け証拠説明書によれば、右甲号各証は甲第二ないし第四号証(平成二年分所得計算書)と同様、国税不服審判所からの要請で作成したものとされており、本件訴訟においては、他に所得計算書は提出されていないことからすると、当日、原告及び菅原が請求書、領収証と共に何らかの書類を準備していたとしても、その書類が所得計算書であったとか、あるいは、その所得計算書を机上に提出したと認めることはできず、この点に関する右各証拠を採用することはできない。
(五) 最上調査官は、平成五年八月三〇日午前九時三〇分ころ、原告方に電話したところ、原告が不在であったので、原告方事務員に対して、同年九月一日午前一〇時ころ原告方を訪れる旨伝言を依頼した。
(六) 最上調査官は、平成五年九月一日午前一〇時ころ、原告方に臨場したところ、調査の場に菅原が同席していたので、前回同様、調査に関係ない者を退席させた上で帳簿書類を提出するよう繰り返し要請したが、原告が応じなかったので、先日の約束どおり帳簿書類を借り受けたい旨申し出たが、原告は、「税理士に依頼したので、税理士に相談した上で。」と述べて、最上調査官の申し出を拒否した。最上調査官は、原告のいう税理士名を尋ねたところ、田中税理士である旨答えたため、右税理士の委任状を提出すると共に打ち合わせて調査日を決めて連絡するよう依頼した。
なお、甲第一四六号証及び菅原の証言中には、当日、所得計算簿を机上に置いていた旨の部分が存するが、(四)に説示したと同様の理由で、これを採用することはできない。
(七) 最上調査官は、平成五年九月七日午前一二時五〇分ころ、田中税理士から電話を受け、同月二二日午前一〇時ころ、原告方を訪れる旨を約した。
同月八日、田中税理士から、原告より平成二年分ないし平成四年分の所得税調査についての関与を委任された旨の委任状が最上調査官あてに郵送された。
(八) 平成五年九月二二日午前一〇時ころ、最上調査官が原告方に臨場したところ、原告及び田中税理士のほか、菅原が同席していた。
最上調査官は、原告及び田中税理士に対し、身分証明書及び質問検査章を提示して、平成二年分ないし平成四年分の所得税及び消費税の調査である旨を告げ、原告に対して、調査に関係ない者を退席させた上で調査に応ずるよう要請したところ、田中税理士から「記帳補助者の同席は認められている。」、「税理士業務を妨害するのか。」等の発言があり、原告も、最上調査官の退席要求に応じなかった。
最上調査官は、田中税理士に対して、守秘義務の関係から調査に関係のない者の立会いを認められないこと、税理士と補助者とは両者で連絡を取り合って仕事を進めればよいことであって、本件での調査への立会いを認めないことが税理士業務の妨害とはならない旨を説明したが、田中税理士は納得せず、その場で、最上調査官の上司である福田豊一統括国税調査官に対して抗議の電話をした。
そこで、最上調査官は、原告に対して帳簿書類を税務署に持ち帰って検討をするため借用したい旨申し出たところ、田中税理士は「こんな重要なものを貸す必要ない。」と主張し、原告は「先生がこう言うので」と述べ、帳簿書類の貸出に応じなかった。さらに、最上調査官は田中税理士に対して帳簿書類の提示がないと仕入税額控除が適用できなくなる旨を説明して、帳簿書類の提示を求めたが、その提示はなかったので、正午前に、原告方を辞去した。
(九) 平成五年一〇月五日、最上調査官は、原告に電話し、調査に協力する意思の有無を尋ねたが、原告は「税理士に依頼しているので私には分からない。」と答え、最上調査官が、被告において独自に調査を進める旨伝えると、原告は「しょうがない。」と答え、帳簿書類の提示がないと仕入税額控除が適用できなくなる旨の説明に対しては、「客が居るので一〇月八日に電話する。」と述べて、電話を切った。
(一〇) 平成五年一〇月八日、田中税理士から最上調査官に電話があり、次回調査日を一一月一五日にしたい旨の申し出があったので、最上調査官は、同日午前一〇時ころ原告方を訪れることを約した。その際、田中税理士が「記帳補助者を同席させたいと税理士が言っているのだからいいだろう。」と述べたのに対して、最上調査官が調査に関係ない者の立会いは認められない旨答えると、田中税理士は「営業妨害するのか。」と発言した。
(一一) 平成五年一一月一五日午前一〇時ころ、最上調査官は原告宅に臨場したが、原告方事務員のみがおり、同人のポケットベル連絡により、原告から電話があったので、調査に臨場した旨を述べたところ、原告は、「田中税理士から今日が調査予定日であることを聞いていないので、田中税理士に電話してみる。」と答え、調査協力の要請に対しては、「税理士に任せているので」と言葉をにごすのみであった。そこで、最上調査官は、原告に対して、調査は原告自身が受けるものであること、調査をするのは平成二年分から平成四年分までの所得税及び消費税であること及び消費税については帳簿書類の提示がないと仕入税額控除ができなくなること等を伝え、原告方を辞去した。その後、最上調査官は田中税理士との電話連絡により、同月二五日午前一〇時に原告宅に再度臨場する旨約した。
(一二) 平成五年一一月二五日午前九時五五分ころ、最上調査官は、原告宅に臨場したところ、田中税理士が未到着であったので、最上調査官は、玄関先で世間話等を交えながら原告から事業概況などを聴取していたが、玄関左脇の壁に名前及び電話番号等の書かれた紙が貼ってあるのに気付いたので、これについて尋ねたところ、「下職との親睦旅行等のための会費の徴収のための名簿です。」と答えた。最上調査官は、右名簿をメモに書き移す際、原告から、「そこにも全部聞いて回るのか。」と聞かれたので、「そういうわけではないが、取り合えずメモさせてもらっています。いずれ帳簿等を拝見すれば分かることでしょうけど。」と答えた。
同日午前一〇時二〇分ころ、田中税理士及び菅原が原告宅に到着したので、最上調査官は、原告及び田中税理士に対して、調査に関係ない者は守秘義務の関係から調査に同席できない旨、調査に関係ない者を退席させた上で、帳簿書類を提示し、調査に協力するよう要請したが、原告はうつむいたまま何も答えず、田中税理士は、「記帳補助者は私から依頼しているからいいだろう。」、「どこにそんな法律が書いてある。退席要求することは業務妨害だ。出るところへ出て争ってもいい。」等と述べて、最上調査官の右退席要求を拒否し、最上調査官が「立会いの第三者は税理士事務所員のもつ守秘義務もなく、税理士の監督責任も及ばないのに、税理士としてどういう責任をとるつもりか。」と尋ねると、田中税理士は、「あんたも随分勉強してきているな。」と発言したものの、退席要求に応ずる態度は示さなかった。
また、最上調査官は、原告及び田中税理士に対して、帳簿書類の提示がなければ仕入税額控除が認められなくなる旨説明したが、田中税理士は、「知っている。」と答えるのみで、最上調査官からの再三にわたる第三者の退席要求及び帳簿書類の提示要求に応じなかった。このような状況から、調査協力を得られないと判断した最上調査官が辞去する旨伝えると、田中税理士は、菅原に指示して、菅原の手元の箱から机上に書類を提出させ、「見ていかなければ、調査にならないだろう。」と発言した。
最上調査官は、表紙から数枚をめくり請求書(控)綴りらしき書類であることは確認できたが、これらの請求書(控)の各葉の合計が原告のした確定申告に係る売上金額と同一であるか否かについて、その記載内容の正確性を具体的に確認した上で右請求書(控)以外の売上げに係る帳簿書類をも閲覧し、さらに仕入れ、必要経費等に係る帳簿書類も相互に照合して全体的に検討を加えなければ、申告額の適否を判定することは不可能であり、また、菅原の手元の箱から取り出して並べられたものは五、六冊の請求書(控)綴りとみられる書類だけであって、仕入税額控除に必要な帳簿、請求書等については、その内容も、その存否も確認できなかった。
また、最上調査官は、仮に、調査に必要な帳簿、請求書等の提示がされたとしても、菅原の同席の下で調査を進めることは原告のみならずその取引相手の秘密を暴露することとなり、口頭による質疑をしたときは、秘密性が保持できなくなることが明らかであることから、厳正な秘密保持義務を求められている税務調査の在り方として採り得ない方法であると判断し、菅原の退席を求め、同人の目に触れないところで内容を閲覧する旨告げたが、田中税理士は「そのまま、中身を見て進めればいいだろう。」と右書類を机の上に置いたまま、菅原を退席させなかった。
そこで、最上調査官は、調査の遂行を断念し、原告及び田中税理士に対して、独自で調査する旨伝え、午前中に原告方を辞去した。
なお、机上に提出された書類について、菅原は、所得計算書四冊であると証言するが、(四)に説示したと同様の理由により、これを採用することはできず、また、田中証言によれば、最上調査官が「これは請求書ですか。」と発言したことが認められるから、五、六冊の請求書(控)綴りとみられる書類であった旨の最上証言が正確な記憶と認められる。
(一三) 平成六年二月一〇日午後四時三〇分ころ、最上調査官は、原告に電話をし、調査に協力するよう再三にわたり説得し、調査協力が得られなければ、仕入税額控除ができなくなる旨説明したが、原告は、後で電話をする旨答えるのみであったので、同月一三日(月曜日)に連絡するよう要請し、電話を終えたが、同日に原告からの電話はなかった。
(一四) 平成六年二月二八日午後一時ころ、最上調査官は原告に電話をし、平成二年分から平成四年分までの所得税及び消費税に関して反面調査等により把握した課税標準及び納付すべき税額等を説明し、修正申告するのであれば、平成六年三月七日までに来署するよう伝え、その後午後三時三〇分ころ、田中税理士に電話して同様の説明及び仕入税額控除が認められない旨を説明したが、田中税理士は修正申告する意思がない旨の応答をし、その後、原告又は田中税理士からの連絡はなかったので、被告は、同月一〇日付けをもって、本件係争各年分の消費税に関する本件各処分をした。
(一五) 原告方の営業上の収支は事務員の野本が記帳、請求書等の資料の整理及び所得計算書を作成しており、菅原は、各年の確定申告時期に納税相談に応じ、所得計算書の確認をし、確定申告書の下書をしたに止まり、自ら原告の記帳を行い、原告の取引に関する請求書、領収証等に当たって、記帳の正確さを確認したりしたものではない。また、田中税理士は、原告の申告書の作成に関与したものではなく、菅原を介して、原告に対する本件の調査に立ち会うこととなったが、税務調査への立会いのみを委任されたものであって、記帳及び請求書、領収証等の整理、確認及び記帳内容との確認等の事務は菅原が行ったものと理解していたため、菅原の同席を得れば税理士としての意見を述べ、納税者の利益を擁護することが可能であると考え、帳簿の内容、原始書類との照合等を行うことなく、調査期日に立ち会うこととした。なお、田中税理士と菅原の間に雇用関係はなく、田中税理士は、菅原に補助者としての同席を委任した旨の証言をするが、委任報酬の取決めもなく、委任を証する明示的な契約もない上、菅原は、東京土建一般労働組合足立支部の税金対策部の書記として原告の調査に立ち会おうとしたものであり、右に見たとおり、菅原は自ら記帳又は帳簿諸票の整理をしたものではなく、一般的な申告書作成の指導をしたにすぎないことを考慮すると、田中税理士が菅原に記帳補助者としての立会いを委任したと考えたとしても、菅原との間にかかる委任契約が成立したと認めることはできない。
3 ところで、消費税に関する質問検査権の直接的根拠は法六二条に求めることができるが、その権限の行使に当たり、その時期、方法、範囲、第三者の立会いの許否といった事項についてどのように取り扱うべきかについては、調査の必要があり、かつ、これと相手方や関係者が有する法的利益との比較衡量において相当な限度に止まる限り、具体的な調査に当たる税務署職員等の合理的裁量に委ねられているものと解すべきところ、右事実関係によれば、最上調査官は、本件の調査に当たり帳簿等の提示が仕入税額控除のために必要であること、その提示がないときは仕入税額控除がされないこと、自らの守秘義務との関連において、第三者の立会いの下では調査をすることができないことを説明して、帳簿等の提示を求めているものであり、また、菅原は原告の記帳等を具体的に行ったものではないこと、田中税理士に雇用されているものでもないことに加え、原告が法定請求書等を保存していたものであるとすれば、これを菅原の立会いのない状態で最上調査官の閲覧、調査に供し、あるいは最上調査官に貸し出すことにより何ら不利益を受けるべき関係にないことをも考慮すれば、菅原の立会いの下では原告に対する税務調査に着手することができないとした最上調査官の右判断は調査担当者の合理的裁量の範囲内にあるものということができる。
そうすると、最上調査官の帳簿等の提示要請は適法な調査に属するものということができ、最上調査官が菅原の立会いの下では調査をすることもできないとの立場にあることを認識しながら、菅原の立会いに固執した原告の対応は、提示を拒絶したものというほかないから、仮に、当時、原告が法定帳簿等を所持、管理していたとしても、適法な調査に応じて、その内容を確認し得るように提示できる状態、態様で保存していない場合に該当するものというべきである。
そして、原告の主張する事情を総合しても、提示できなかったことについてやむを得ない事情があったと認めることもできないから、やむを得ない事情により当該保存ができなかったと認めることはできない。
4 右によれば、平成二年分及び平成三年分の消費税につき、原告の課税仕入れの存在及びこれに対する消費税の発生の各事実の有無あるいは、原告提出証拠中の請求書又は領収証が法定請求書等に該当するか否かを問うまでもなく、本件は法定帳簿等の保存がない場合に当たり、このことにつきやむを得ない事情も認められないから、仕入税額控除を認めないとした被告の措置に違法はなく、この点を除く本件各処分の根拠事実については当事者間に争いがないから、本件各処分は適法というべきである。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・富越和厚、裁判官・團藤丈士、裁判官・水谷里枝子)
別紙別表一〜三<省略>